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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)388号 判決 1962年8月21日

上告人 タンガロイ工業株式会社

被上告人 国

国代理人 青木義人 外二名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人中沢喜一の上告理由第一点乃至第四点について。

債権者の代理人と称して債権を行使する者も民法四七八条にいわゆる債権の準占有者に該ると解すべきことは原判決説示のとおりであつて、これと見解を異にする上告理由第四点の論旨は理由がない。

しかし、民法四七八条により債権の準占有者に対する弁済が有効とされるのは、弁済者が善意かつ無過失である場合に限ると解すべきところ、原判決によれば、東京特別調達局における連合軍調達物資の需品契約及び代金支払手続の概要は、連合軍から物資調達の要求があると、調達局契約部契約第一課乃至第三課(本件物品のような品目の需品契約事務は第三課の所管であつた)において指名業者に入札させ、落札者と需品契約を締結して契約書を作成し、これにより業者が納品を完了すると、連合軍から調達局及び業者に対し納品受領書が送付され、業者は経理部第一課に代金支払請求書に納品受領書その他の関係書類を添えて提出し、同課では、右書類を審査した後、調達局備付の受理書及び同控の用紙(所要事項記入欄を空白にして両者を続けて印刷した一枚の用紙)に予め受理書発行担当官が受理書番号及び受付記号番号を記入し、課長または受理書発行担当官が契印したものを業者に提出し業者に所要事項を記入させた後、受理書発行担当官が調達局名義の支払期限の日附印を押し、経理部長名義の「書類受領専用」と表示された印で契印した上、課長及び受理書発行担当官が記名捺印して受理書及びその控を作成する。受理書は切り離されて業者に交付され、控は代金支払請求書その他の関係書類と共に経理第二課を経て経理部長の決済を受け、同部出納課に回付され、同課において支払の準備を整えると、支払を公示し、これにより業者が出納課に受理書と代金領収書を提出すると、同課では、提出された受理書と保管しているその控とを照合し、かつ代金領収書中の印影と届出済みの業者の印鑑とを対照した後、受理書及び代金領収書と引き換えに日本銀行あての小切手を交付する--以上のような一連の手続を経てなされるものであつたこと、しかるに本件にあつては、三田元彦と称する者が出納課に提出した受理書は上告会社が特調から交付を受けた受理書とは別のものであつて(しかし、後者の受取人欄には「山田元彦」と記載されているのに対し、前者の受取人欄には最初「山」と記載され、これを抹消して「三田元彦」と記載されており、後者には特調経理部経理課長、総理府事務官塚本鎌太郎、発行担当官、総理府事務官平泰治、鈴木敏郎の各記名捺印があるのに対し、前者には同塚本鎌太郎、同平泰治、古川平八郎の記名捺印があるほかは、両者の記載内容が類似している)、特調には、上告会社が交付を受けた受理書と符合する受理書控がすりかえられて、三田元彦と称する者が提出した受理書と符合する受理書控が保管されていたこと、右偽造の受理書及びその控はいずれも特調備付けの用紙が使用されており、また、これらには特調名義の支払期限の日附印が押され、受理書発行担当官として古川平八郎名義の記名捺印があり、更に右受理書とその控は特調経理部長名義の「書類受領専用」と表示された印及び平名義の印で契印がなされていて、右平泰治及び古川平八郎名義の捺印または契印はいずれも同人らの印を押したものであり、右日附印及び「書類受領専用」と表示された契印は特調備付けの印を押したものであつて、平泰治及び古川平八郎はいずれも当時特調経理部第一課の受理書発行担当官であつたこと等の事実が確定されており、また、特調における前示受理書及びその控の用紙、特調の庁印、受理書発行担当官の印及び受理書控その他の関係書類の保管の状況(原判決理由第一の四において詳細に認定しているとおりである)は盗用のおそれがない程厳重なものではなく当時業者の中には特調契約部契約第一課及び経理部経理第一課等の室内(執務場所)に無断で出入りする者が少なからずあり、それらの者の中には特調における事務の取扱に精通する者があつたこと等の事実も原審の確定しているところであつて、以上認定の諸事実を考慮するときは、本件受理書及びその控の偽造並びに偽造の受理書と真正の受理書とのすりかえが、仮に調達局内部の者によつてなされたものではなかつたとしても、部外者がこれに成功しえたのは、調達局内部、特に、前記支払手続の一環をなす関係部課における用紙、印鑑、書類等の保管等につき欠けるところがあり、その過失によるものであろうことは容易に推断しうるところであり、そして、本件のように、弁済手続に数人の者が段階的に関与して一連の手続をなしている場合にあつては、右の手続に千与する各人の過失は、いずれも弁済者側の過失として評価され、右の一般の手続のいずれかの部分の事務担当者に過失があるとされる場合は、たとえその末端の事務担当者に過失がないとしても、弁済者はその無過失を主張しえないものと解するのが相当であつて、従つて、特調は、特に特段の事情がない限り、本件弁済につきその無過失を主張することは許されず、本件弁済を有効となしえない筋合である。しかるに、原判決は、右特段の事情の有無につき何ら触れることなく、末端の事務担当者である経理部出納課の係官が善意無過失であつたことを認定判定したのみで、直ちに本件弁済を有効と断じているのであつて、この点において原判決には審理不尽、理由不備の違法があるものというほかはなく、上告理由第一点乃至第三点の論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、爾余の論点に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い、本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(最高裁判所第三小法廷 裁判官 五鬼上堅磐 河村又介 垂水克己 石坂修一 横田正俊)

上告理由書<省略>

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